親族の基本構造とは? ~ 構造主義の祖 クロード・レヴィ=ストロースの着眼点

天才達が考えたこと
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今回はフランスの社会人類学者、民俗学者であるクロード・レヴィ=ストロースを取り上げました。

Claude Lévi-Strauss (1908-2009)
画像引用元:クロード・レヴィ=ストロース – Wikipedia

あまり馴染みのない方もいらっしゃるかもしれませんが、彼は「構造主義」という新たな手法により、後に説明する「親族の基本構造」や、「神話の本質的特徴」を明らかにしたことで知られています。

構造主義」とは簡単に言うと、ある現象を理解する際にそれを構成する各要素の特徴をミクロに深く調べ上げその結果を足し合わせて全体を理解するというやり方ではなく、全体を構成する各要素それ自体が意味するものに注目するのではなく、「各要素間の関係性」に着目をして、それらがどのような「構造」によって関連付けられているのかを探求し、あるカテゴリーにおける普遍的構造を究明する認識論的立場(又は方法論)のことです。

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レヴィ=ストロースの生い立ちと構造主義に至る経緯

1908年、レヴィ=ストロースは父親が画家という家庭に誕生します。フランスのパリで育ちましたが、ヨーロッパではちょうどその頃、ピカソが革新的な画法で作品を描き始めており、後に「キュビズム」として知られる芸術活動が始まろうとしていました。

一方、パリにおける当時の社会的な動向としては、工業化が急速に進んでいて移民を含めた工場労働者が都市部に流入しており社会が大きく変化していました。

ヨーロッパ全体では列強国間に対立があり、彼が6歳になる1914年には第一次世界大戦が勃発します。

このような環境でレヴィ=ストロースは、様々な分野における大きな変化を目の当たりにして、実に多方面での刺激を受けて育ったといえます。

その後彼はソルボンヌ大学に進学し法学を専攻しますが、同時に哲学も学んでいました。卒業後は教員資格を取り高校で哲学の教師をしますが、その後ブラジルのサンパウロ大学で社会学教授の職に就く機会を得ます。

そしてこのブラジルで民俗学のフィールドワークに取り組むこととなり、先住民が住む原始社会の研究を始めるのです。

ブラジルで10年程過ごした頃、世の中は第二次世界大戦前夜の状況。フランス帰国後は従軍することにもなりますが、ユダヤ人家庭に生まれたレヴィ=ストロースはその後ナチスの迫害を恐れアメリカに亡命します。

亡命先のニューヨークにはたくさんの亡命知識人がいました。同じような境遇だった言語学者のロマン・ヤコブソンとここで知り合うこととなり、レヴィ=ストロースは彼から「音韻論」を学ぶのです。

音韻論」とは言語学の一分野で、言語の構成要素である音声の機能を調べる研究分野のことです。

音韻論を含む言語学は、当時既に近代言語学の父と呼ばれるスイス人のフェルディナン・ド・ソシュール等により、構造主義的研究が成されており、概念も音韻も「差異(他と区別すること)のみが意味を持」という主張がなされていました。

例を挙げて説明しましょう。
例えば「イヌ」という言葉。「イヌ」という概念は「イヌ」以外の全てのもの(猫、ねずみ、石、雲、太陽 etc.)と「イヌ」とを切り分ける(対立させる)ことで成立しています。

次に「イヌ」という音声はどうでしょうか?この音声は、音の高さ(周波数)や声の個性によらず成立する訳ですから、物理的な(音響的な)音の範囲の規定がある訳ではなく、他の音声と区別できている(聞き分けている)ことで意味をも訳です。

そしてその聞き分け方は言語によって違う。例えば、日本語では英語の「R」と「L」の発音を一般的に区別しない、だから日本人にとっては英語の「R」と「L」を聞き取るのが難しい、等々です。

レヴィ=ストロースがニューヨークで知り合ったロマン・ヤコブソンは、この音韻論をさらに発展させ、「音素の二項対立原理」を確立しました。

音素」とは、単語の意味を区別する音声の最小単位のことです。

例えば日本語で「鯛(tai)」と「台(dai)」を区別しているのは子音の「t」と「d」ですが、この音声はこれ以上小さな単位に分解できないのでこれらは「音素」ということになります。

この「t」と「d」や、他の子音「p」と「b」のように、音素は互いに対立関係(「t」と「d」、「p」と「b」は「無声」と「有声」という軸で対立。「t」と「p」は同じ「無声」だが、調音点が「歯茎」か「両唇」かで対立)にあり、どんな音素の対立も二項対立で説明できるとヤコブソンは考えたのです。

それまでの音韻学では各言語で音素が異なるため、研究対象を拡げれば拡げる程分析や説明ができなくなるという問題が発生していました。ヤコブソンのこの説によって音韻学は大きく発展したのです。

この音韻学の発展過程というものに触れその方法論を知ったレヴィ=ストロースは、この構造主義的方法論を言語学と全く違った分野である文化人類学、民俗学に応用し、これまでにない革新的な解釈を構築するに至るのでした。

レヴィ=ストロースが発見した「親族の基本構造」とは?

上記にある通り、レヴィ=ストロースはブラジルで先住民のフィールドワークをすることになりますが、これを続けていく中で、原始社会を含むどんな社会集団にも必ずインセスト・タブー(近親婚の禁止)が存在することを認識します。そして、そのタブーのタイプには様々なものがあるのですが、平行いとこ」との婚姻は禁忌されるが「交叉いとこ」との婚姻は禁忌されない(むしろ奨励されるケースもある)事例が多地域に見られることに着目します。

平行いとこ」とは、親の性と同じ性のおじやおばの子供(父の兄弟の子供、又は、母の姉妹の子供)のことで、「交叉いとこ」とは親の性と異なる性のおじやおばの子供(父の姉妹の子供、又は、母の兄弟の子供)のことです。

生物学的近親度が等しいにも関わらず、配偶者の対象として「いとこ」を区別する社会が多数存在する。

これは一体何故なのか?

レヴィ=ストロースはこのような疑問を持つことになります。

民俗学者たちは長らく、これを説明するためにこのような規則が出来るに至ったそれぞれの社会の個別の歴史を調べようとします。しかしながら、この歴史は全く知られていない、残されていないので、推測によってこの理由を構築することになってしまいます。結果は、是認しがたい仮説や矛盾だらけの学説しか提示されませんでした。

レヴィ=ストロースはこれに対し、一つ一つの社会なり規則のタイプなりを個別に切り離して考察するのではなく、それを構成する家族メンバー間の関係に着目してその背後にある構造を調べるという音韻論で学んだ方法論を持ち込むことによってその答えを導き出します。

レヴィ=ストロースの論文には物凄くたくさんの内容が書かれていますが、ここでは結論部分のみを簡潔に示します。

今父系で父方居住の二つの家族集団を例に考えます。
(ここでは説明をしませんがそれ以外のケースでも本質的な全体構造に変わりがないことが分かっています)

△:男性、○:女性、=:婚姻関係、┌┐:兄弟姉妹
引用元:平行いとこと交叉いとこ – Wikipedia

上図では、集団Aに所属していた男性(父/上図中のFa)と集団Bに所属していた女性(母/上図中のMo)が婚姻関係となり、ある男性(自分/上図中のEgo)と女性が生まれた場合を表しています。

ここで、父の兄弟(上図中のFaBr)の子供及び母の姉妹(上図中のMoSi)の子供が自分にとっての「平行いとこ(Parallel Cousins)」、父の姉妹(上図中のFaSi)の子供及び母の兄弟(上図中のMoBr)の子供が自分にとっての「交叉いとこ(Cross Cousins)」ということになります。

父と母の婚姻を集団Aから見ると、父は集団Bから母を獲得したことになり、一方、集団Bから見た場合にはこれと逆で母を損失したことになります。

次に、次世代である自分(Ego)が配偶者を選ぶ場合はどうなるでしょう。前世代の父とその兄弟は女性を集団Bから既に獲得しているので、自分及び父の兄弟の子供である平行いとこ(Parallel Cousins)の男性は、その姉妹である女性を集団Bに返さなければ集団AとBの関係はバランスしなくなってしまいます。この集団AB間の互酬原理(何らかの贈り物を贈られた場合に、何らかの形でお返しの贈り物を贈ること)を成立させるためには、平行いとこ婚は禁忌となるということです。

これは母側を考える場合にも同様に考えることができます。前世代の母とその姉妹は婚姻により集団Bにとって損失となるため、その次の世代では女性を獲得しなければ互酬原理が成立しないことになり、同じく平行いとこ婚は禁忌となるのです。

一方、交叉いとこ婚ではこの問題は生じません

レヴィ=ストロースは更に、オーストラリア北端のムルンギン族の婚姻制度について組合せ問題を解決するため、友人である数学者のアンドレ・ヴェイユに依頼をします。ヴェイユは、これらの婚姻のかたちをアーベル群に抽象化して整理できることを見出し、「群論」という数学的手法を用いてこの体系を解明しました。これに関する詳細はかなり専門的すぎるためここでは割愛させて頂きます。

レヴィ=ストロースはこのように親族の各項の「関係性」に着目することによって、婚姻を交換の一種として捉え、互酬原理を成立させるためにインセスト・タブーというシンプルな規則が存在していると考えました。

これらの考察から、親族の基本構造となるものは孤立した要素の家族ではなく、これらの要素間の「関係」であるという結論が導かれました。他のいかなる解釈も「インセスト・タブー」の普遍性を説明できていないのです。

レヴィ=ストロースが登場する以前、親族の基本構造は「両親とその子供たち」という、今で言う「核家族」が基本単位となっていると考えられていました。

そしてこの基本単位の内部にある三つの関係(①親子の関係、②同一の両親を持つ兄弟姉妹の関係、③同一の子の親としての夫と妻の関係)が、最も基本的な第一次の関係とされ、それが他の家族と結びつくことで生じる関係が次々に広がったものが社会を構成していると説明されていたのです。

つまり生物学的な意味での家族が出発点になるという考えが一般的でした。
まあ当然といえば当然ですよね。

これに対し、レヴィ=ストロースが示した主張はこれとは全く異なるものでした。

上記で見てきたように、「インセスト・タブー」は生物学的な見地からだけでは説明できません

つまりこの件は、それがたとえ原始社会で見られることであったとしても、血縁から配偶へ、即ち生物的な自然の事柄から社会的な文化の事柄へと移行していることを表しており、人間が「社会」を構成しているからこそ発生した問題だということを示しているのです。

レヴィ=ストロースの思想が及ぼした影響

レヴィ=ストロースの主張は、記号を多く使用し、簡略化・単純化して説明を加えることが多かったため、批判を受けることも少なからずあったようですが、現在では構造主義の祖として広く世界で認識されています。

冒頭にも記載した通り、レヴィ=ストロースは「親族の基本構造」だけでなく、世界中の「神話」についても調査を行い、構造主義的アプローチによって革新的にその普遍的な特徴を明らかにしました。

これらの業績により、「構造主義」はフランスの思想界だけでなく世界中で大反響となり、社会学、論理学、心理学、経済学、生物学等々の学問分野に留まらず、文芸批評、音楽評論といった分野にまで影響を及ぼし応用されることになりました。

そしてレヴィ=ストロースは今から15年前の2009年、100歳でその生涯を終えています。

ほんと天才ってこういう人のためにある言葉なんですね。本当に頭が下がります。

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