今月の2025年12月5日、米国トランプ政権は、ホワイトハウスで2025年11月に作成された、トランプ政権としては初となる「米国国家安全保障戦略」を発表しました。
この内容は、世界中で注目され、各国のメディアやSNS、インフルエンサーなどによって取り上げられ、たいへん話題となっています。
その評価に関しては、様々な受け取り方があるようで、ポジティブに受け取る人もいる一方で、米国全体の組織的な合意を受けての取り組みにまでは至っていないのではないか、という冷ややかな意見もあり、かなり人それぞれ異なるものとなっているようです。
その内容の詳細な解説や評価は、その道の専門家の方々にお任せするとして、ここでは、その発表された文書から窺えるトランプ大統領の意志について見ていきたいと思います。
トランプ大統領の意志を色濃く反映した「国家安全保障戦略」
この「米国国家安全保障戦略」は30ページ強の文書ですが、アメリカ国民へ向けて書かれていることもあるせいか、厳密で専門的すぎる表現を避け、簡潔で理解しやすい内容となっています。
また、この文書を実際に読むと、トランプ氏がこれまでスピーチや記者会見などで表明してきた彼の考えがその底流にあることが感じられ、筆者にはタイトルとなっている「安全保障戦略」というよりは、トランプ氏の意志を表明した「宣言書」であるように思われました。
まず始めに、トランプ氏がこの文書を通して訴えたい事、つまりこの文書を発表するに至った根本にある彼の認識について触れると、彼は「冷戦終結後の米国外交政策は間違っていた」と考えています。
従ってトランプ氏は「今一度米国を正しい方向に舵取りしなければならない」と考えており、米国国家戦略を大きく見直し、これまでの方針とは大きく異なる基本方針を打ち出しています。
それを一言で言うなら、トランプ氏は「エリート集団による、ごく一部の人がその恩恵を受ける政治を排し、国民全体が繁栄を享受できる国民のための政治を取り戻すべき」と考えているようです。
そして更には、アメリカを再び偉大な国、安全で、豊かで、自由で、尊敬に値する力強い国にすること(これがメディア等でよく出てくるMAGA: Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国にする))を実現しようとしています。
本文書の原文では、以下のように”elite”という単語を使い、彼らのこれまでの誤りを指摘しています。
Our elites badly miscalculated America’s willingness to shoulder forever global burdens to which the American people saw no connection to the national interest.
引用元:National Security Strategy of the United States of America, November 2025
… They placed hugely misguided and destructive bets on globalism and so-called “free trade” that hollowed out the very middle class and industrial base on which American economic and military preeminence depend.
上記引用文筆者訳:
「我が国のエリートたちは、アメリカ国民にとっては国益とは何の関係もないように見える世界的な負担を、アメリカは永久に背負う意欲があるように完全に誤算したのである。
… 彼らはグローバリズムといわゆる「自由貿易」に、大きく間違った破壊的な賭けをして、アメリカの傑出した経済と軍事の拠り所となっている中産階級と産業基盤を空洞化したのだ。」
そしてトランプ大統領は、これまでのように全世界を恒久的に支配するなどという愚かな考え方はもう止めて、世界との関わり方を大きく見直し、国益に関わる案件を選び出し、優先順位を付け、目的を明確化してそれを実現する適切な手段を実行することに集中すると宣言しているのです。
そしてこの外交政策の大目標は「中核的な国益の保護」であり、それを端的に「アメリカ・ファースト」と表現しています。
そしてこの「アメリカ・ファースト」は同時に、各国が自国の利益を優先的に考える「各国・ファースト」であることを認めることであり、そのような基本的姿勢を各国が持つ中で世界は最もうまく機能する、と明確に記しています。
トランプ政権が行う具体的な取り組み
上記で見てきたような考えを実現するために、トランプ大統領は具体的にどのような取り組みを進めようとしているのでしょうか?次にこの点を見ていきたいと思います。
1)「西半球」における米国優位性の強化と同盟国への負担の要請
冷戦後の米国外交を司っていた外交エリートたちは、福祉やその他の負担を伴う莫大な国家支出と巨大な軍事関連支出を同時に賄うアメリカの能力を過大評価していたという反省から、トランプ政権は、米国の守備範囲を「西半球」に縮小し、この地域における優位性を回復することをまず進める意向を示しています。
ここでいう「西半球」とは、南北アメリカ大陸及びグリーンランドを含む地域のことであり、この「西半球」の地域に対しその外部から干渉したり、この地域におけるアメリカのプレゼンスや航行の自由を脅かすものは全て排除する意志があることを示しています。
この立場はかつて1823年に第5代アメリカ大統領ジェームス・モンローが合衆国議会で発表した年次教書演説(いわゆる「モンロー宣言」)になぞらえて、この国家安全保障戦略の中でも「モンロー主義に対するトランプの帰結」という形で表現されています。
「モンロー主義」とは、当時植民地を保有していた欧州に対し、植民地との争いに関してアメリカは中立的立場を保つ代わりに、南北アメリカにおける植民地の新設およびアメリカ大陸の独立国家に対する欧州の干渉を認めない、とする政治的立場のことであり、他国に対し干渉をしない「孤立主義」とは異なるものです。
この米国の外交政策は、その後第一次世界大戦にアメリカが派兵をするまで継続されました。
この米国プレゼンスの「西半球」への回帰に伴い、欧州地域の防衛に関わるNATO諸国に対しては、軍事費を米国ばかりに頼るのではなく、自らの負担をもっと増やすべきであるとして、欧州NATO諸国の防衛費を対GDP比2%から5%に引き上げることを要求しています。
2)アメリカ経済のさらなる強化ー平和による再編、貿易不均衡の是正
世界の各地域における長年の紛争を終結し平和と繁栄をもたらすことにより、新たな市場の開拓、安定な資源の確保を通じて、米国経済にもプラスになるよう働きかけるとしています。
また、米国の経常収支改善につながる、貿易赤字の削減、輸出障壁への反対、その他反競争的慣行の撤廃を求めるとしています。
関連する米国の双子の赤字問題(貿易赤字を含む経常収支の赤字と国家財政収支の赤字)は、1980年代以降、ずっと問題視され続けていますが、この問題に一石を投じることについてはトランプ氏も例外ではないのでしょう。
これについては、過去に予備知識がない方にもわかりやすい関連記事を書きましたので、ご興味ある方は是非ご一読ください。

この国家安全保障戦略においても、米国はこれ以上貿易赤字を含む経常収支の赤字を持続することはできないことを明記しており、とくに同盟国にはこの貿易不均衡を是正するよう求めています。
3)米国の再工業化と大量移民受け入れの停止
米国経済の全体を活性化するためには、再工業化をして製造業を国内に再配置する必要があるとトランプ政権は考えています。特に重要な製品や部品については、敵国に依存することがないようにしなければならないとの見解も示しています。
そしてその場合にも優先されるべきは自国の産業、自国の労働者であり、大量移民に頼るべきではないと考えています。
この文書では「大量移民の時代は終わった」と明記がされており、世界中の国々で、あまりにも多くの移民を受け入れた場合には、国内資源の圧迫、犯罪の増加、労働市場の混乱、国家安全保障戦略の弱体化が起きているとしています。
米国産業の強みに関しては、現在は特にAI、バイオテクノロジー、量子コンピューティングの分野で世界を席巻していると認識しており、やはり米国の強みは、基礎科学に支えられた最先端テクノロジーの開発力にあるとみなしています。今後これらへの投資を増やして、将来世代にわたりこれらを継続させるとしています。
4)その他、DEIとの決別、実力主義の復活、言論・信教の自由の尊重など
DEIとは、Diversity(多様性)、 Equity(平等性)、 Inclusion(包括性)の頭文字をとった略語のことで、一般に、多様性とアイデンティティを尊重し、あらゆる人に公平な機会が与えられる状態を目指す取り組みのことを意味します。
米国では、大学入試におけるマイノリティに対する優遇措置や、企業における有色人種や障がい者の積極採用などが盛んに行われた結果、近年では逆差別となってしまう状況などが散見されるようになり、批判の対象となっているようです。
トランプ政権もこの行き過ぎた取り組みを問題視し、有能で優秀な人材を重視する文化を再び醸成する必要性に触れており、そのような人材が革新と繁栄をもたらす原動力だとしています。
また、アメリカ政府の目的は、アメリカ国民に神から与えられた「自然権」(人間が生まれながらにして持っているとされる権利。生命、自由、財産などに関する不可譲の権利などを指す)を保障することだとして、国家権力によってこれらの権利が侵害されてはならないことも記しています。
「米国国家安全保障戦略」全文を読んで
まず最初にこの文書を読んで驚いたことの一つは、米国の政権が米国の国力低下を認めているという点です。
この文書中には、以下のような表現がはっきりと書かれていました。
The United States is by every measure the most generous nation in history – yet we cannot afford to be equally attentive to every region and every problem in the world.
引用元:National Security Strategy of the United States of America, November 2025
上記引用文筆者訳:
「アメリカ合衆国は、あらゆる点において歴史上最も寛大な国家であるーしかしながら、世界のあらゆる地域や問題に等しく気を配る余裕はない。」
そして、地球上のあらゆる地域に干渉することを止め、「西半球」の守りを固めることを宣言しているのです。
トランプ政権の発言や行動に関して、最近、グリーンランドへの干渉や、ベネズエラのタンカーの拿捕などが報じられています。その行動が容認できるものなのかどうか、その評価についてはここでは触れませんが、少なくともなぜトランプ政権がそのような行動に出ているのか、その理由はこの「米国国家安全保障戦略」に書かれているのでした。
そして、米国は「西半球」へと、その圧倒的な影響力を及ぼす範囲を縮小するだけでなく、同盟国に対し、防衛費の上昇や貿易不均衡の是正など、各国への負担を要求しており、それは結局、米国への支援を求めているということです。
この背景には、中国の台頭、現在中国国内は不動産バブルが弾け、国内経済が停滞しているとはいえ、世界一の圧倒的な貿易黒字を稼いでおり、その生産力は為替ベースではなく、各国通貨の購買力が同等となるように換算された購買力平価をベースとした実質的な購買力・生産力を表す指標、購買力平価GDPでみれば、米国を完全に凌ぐまでになっていて、米国の影響力、支配力を脅かすものとなっていることが、トランプ政権にも意識されているのだと推測されます。
つまり、すでに世界は、冷戦後の米国一極体制が幕を閉じ、米国の国力低下と共に、既に多極化構造という次のパラダイムへと完全に移り始めているということです。
これはいずれ日本にも多大なる影響がもたらされると考えられます。なぜなら、日本は戦後、最も米国の影響を受けてきた国の一つだからです。
企業活動においては、日本の企業であっても北米市場で成功した企業が売上上位に名を連ね、企業経営のベースとなる経営学も、そして、ビジネスモデルや経営スタイルのトレンドも全てアメリカから輸入されており、社会基盤においては、とくに地方では著しくモータリゼーションが進み、国道沿いの景観は、北米でよく見られる、車からすぐに認識できる派手な色の大きな看板や回転などの動きがある看板、映像が目立ち、娯楽に関しては、ハリウッドから輸入された映画が日本における映画興行収入の上位にランキングされ、音楽も洋楽と言えばビルボードで上位に入る音楽が人気となり、スポーツもプロ化、ショービズ化が進められています。学問に関しても、科学的、数学的なアプローチが重要視され、最先端テクノロジーへの傾倒は著しく、大学のような教育機関であっても、営利目的が優先され、本来アカデミズムが担うべき真理の追究はもはやできなくなっている状況となっているのではないでしょうか。
これらアメリカの影響を強く受けた事象は、今後多極化の世界へと移行していく中で、現状の延長線上にはない、また新たな方向性が生まれてくるものと思われます。
本記事にお付き合いくださった皆様、次の世界「多極化の世界」へと移る備えは万全でしょうか?
現状の延長線上にはないその世界には、これまでのやり方の終焉が訪れるとともに、新たなチャンスを見出す可能性も出てくるのだと思います。
今年も早いものでもう大晦日の夜。来年も皆様にとって良い年となりますよう、心からお祈り申し上げます。最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。それでは、良いお年を。
出典及び参考資料
1) National Security Strategy of the United States of America, November 2025
2) モンロー主義 – Wikipedia
3) 自然権 – Wikipedia
4) 世界の貿易収支ランキング – 世界経済のネタ帳
5) 世界の購買力平価GDP 国別ランキング・推移(世銀) – GLOBAL NOTE

